昭和50年09月01日 朝の御理解



 御理解 第82節
 「大蔵省は人間の口をみたようなもので、その口に税金が納まらぬ時は、四分板張った戸一枚で寝てはおられぬ。どこの太郎やら次郎やらわからぬようになろうぞ。」

 せっかくおかげを頂くなら、千円の税金を納めるより、万円の税金が。万円の税金よりも億のつくような税金が、納められるようになる。そういう願いを立てたらいいと思うですね。できるだけ税金が、少ないように少ないようにと。いうことは、どうぞおかげは少しでいいですといっておるのとおんなじ感じですね。おかげはどうぞ頂かして下さい。税金はできるだけ少なくと。それはやはり、道理あいません。
 当然例えば、払わなければならないものは、本当にもう潔く有り難く、払わして頂けれるおかげを願わなならん。同時に願いとしてです。去年は例えば百円だったから、今年は責めて百五十円ぐらいな税金は納めさせて頂ける様に、商売なら商売大繁盛のおかげを、願わなければならない。どうぞ商売は大繁盛のおかげを頂かせて頂きたいと、願わして頂いて、税金はどうぞ少なくて済みますようにというのでは、おかしいでしょう。
 私し今日、ここんところを、大蔵省は人間の口を見たようなものじゃと。お賽銭箱は、教団の口を見たようなものでと、いうふうに頂いたらどうでしょうかね。教会のというても教会の口を見たようなものと。ほんとに人が助かる事さえ出来ればという精神。合楽ではほんとに和賀心時代を世界に広めたいという。ただ広めたい広めたいというのでは、手立てもなんもでける事ではありません。例えばこれは小さい問題ですけれども、ここでおかげの泉が、毎月ああして、発行されます。
 これはもうそれで得をしようとか、儲かろなどということは更々考えていない。ですからこれは教会のひとつの布教費から出る訳ですから、その布教がほんとに、十全に出来る事の為に、もっともっと大きな、いわば犠牲をはろうてでも、皆さんに分ってもらい、又は読んでもろうて、おかげを頂いてもらいたいと思う。そういういうならば、教会の些細な一つの布教活動の上においてもです。やはり先立つものはお金であります。
 だからいうならば大きな御用ができる為には、いうなら大きなお供えのできれる人が沢山できなければならない。できれる実力を持った人ができなければならない。お賽銭箱は、教会の口を見たようなもの。昨日親教会であります三井教会の、先代のころからの総代をしておられました、久保山というまあ当時、三井郡きっての分限者であり、大金持ちでした。それはもう大変な羽振りでしたですね。
 先日からそこの娘さんにあたる方が、一人今善導寺で暮らしておる、まぁ細々と暮らしておられる。その方がある願いのために、参ってみえられた。善導寺の教会の、皆さんお参りになった方はご承知でしょうけれども、北と南がずうっと参道がある。その両脇がレンガの塀が続いております長い。それ今度あちらご普請を思い立っておられますから、その塀が取れるのです。その久保山さんという方が、その塀のすぐ横に元、久保山さんの隠居所であったその家。
 もうほかんとこは全部売ってしまっておられる。そこだけが残っておる。そこに一人で住もうておられる訳で。それにその今度塀がでけるというのに、今までは塀が高かったからこの参道から家が見えなかった。ところが今度塀をとってしまわれると、大分低くなるということでございます。そうすると私共が住んでおるその部屋が、参道から丸見えになる。それをどうぞひとつ元通り高い塀にして頂く様に、お願いをして下さい。
 そして、まぁ欲な事を言う様ですけれども、参道の丁度家のある所に、非常の時に、そこからでも出られるように塀の所に、小さい入り口を作ってもらうように、先生あんたから願ってください、ということでございました。まぁ自分なわがままな事ばっかりいう人だなとわたくしゃ思いました。そして先生ああた腹が立っじゃないですか。教会の総代さんが、塀を崩すからというてきた。
 それが岸先生のこば、遠慮のない隣近所の方ですから。塀をこう、低うするからという、その事をいわれた、ところが、そげなこつしよんさるならあぁたあたしの部屋が丸見えになる。だから高うしてして下さいちいうたら、岸新郎と言いますもんね、岸先生のこと。それで、あらしゃんがあぁた、こげなこついいますじゃないのと言うてから、はらかいたといわれるんです。というのは、あんた一人住まいであんた、あんたがころっと死んどったっちゃ誰れんしらんばの。
 であんた、こっから見ゆるならば、あんたがころっとし死んどったっちゃすぐ誰か気がついてからあんた、世話する人が、あのうどけうて、あんたが一人で、住もうとっけ、一人であんたがしんどったっちゃ誰んしらんよ。かえって低っかほうがよかがのち言うちから、もうそのそげなこつ言うちからち、ここではらかきなさいますけれどもね、あたくしもほんなこて、そうだなと思いましたよ。もうそのお付き合いをしなさらんらしいです、近所のね。
 それでもうその一人で、まぁもっとらっと暮しておられる訳なん。それでその塀が高くなからなければ、もう外から、こう見られるとこういうわけです。それからまたあの、ニ、三日して見えられました。そん時にはあの吉井の杉さんと一緒でした。又その杉さんころにその事を、丁度杉さんといとこ同士になられるそうですから、あちらへ、相談にいかれたらしいです。それで、合楽でいただいとる信心、もうあぁた、そげな事はもういっちょん問題しなさらんでよかがの、あなた。
 あぁたが一人で、そげな事心配されてどうするですか。もうお取次ぎを頂いて、お願いをしときゃですねぇ、高かろうが、低かろうがそげなこた問題じゃない。もう神様が、あの高いがよいならたこうして下さるだろ。又、低いがよいなら低うして下さるだろ。もうよいようにしかして下さらんですがの。という話を聞かれてからですね、もうやっぱ、子供ん時から、それこそ教会で育たれるくらいに、まぁ久保山の教会か、教会の久保山かといわれ、なさるような時代があったんですから。
 もう信心の事は大体わかっておられるけれども、信心によって、お取次ぎを頂いて、そういう素晴らしい心が開けてくるという事は知らなかった。ほんなこてそうですのという事でございました。私し共もこうやっておかげ頂いとるが、もう一つ一つ自分の心にもったらとても、杉さんあたりのあぁいう大きな分限者ですから、こりゃもう子供さんがおられるから、もうそれこそ頭にもつ心にもつちゅうなら、とても難儀な事でしょうけれども。そりゃやっぱあればあるで、やはり難儀はあるのです。
 それで私しあのうここへ丁度見えられて、あたしゃここで一緒になられたのかと、あわれたらそうじゃなかったらしい。あちらに相談にいかれて、そしてみえとったらしい。それであたしゃ久留米の、初代の石橋先生のお話しをさして頂いた。私しが今月次祭の時使わせて頂いておるあの勺は、おたくの宅祭りを、久保山さんの宅祭りをなさる時に、三井教会と久留米教会の兼務の総代をなさっておられた、お父さんが。それである宅祭りの後に久留米の初代が、祭主で見えられている。
 そしてあの勺を忘れておられた。そしてそれを、あの気が付かれた時、その先生に申されたら、こらねあの久保山の宝にとっときなさい、ていわっしゃっ。た。勺をまたけれどもまぁ大変な、熱心な信心をしておられた事ですから、親先生がお使いになった勺を頂けるということは、ま大変な有り難い事だったらしいんです。ところが私し共が椛目でおかげを頂く。そのころもう信心も殆んど、なさっておられませんでしたけれども、あちらのその昨日先日からみえました方のお母さんである。
 久保山の言うならばおばあちゃまです。子供達がもう遊びみものにして勿体無いから、ここに納めたいから、ここで、あの納めさしてくれというて、勺をもってみえられた。当時私しが道の教師になるてんなんてん夢思わんじゃった。人はどんどん助かるとったけれども、御道の先生てんなんてんなろうとも思うとらんもんだから、もうこれば頂いたところでどうも仕様がないけれどもというけれども、まぁお供えのようにして持ってみえられましたから、頂いておりましたが。
 それからあの勺をやっぱり、使わせて頂くようになり、いうならば、久留米の石橋先生が使うておられた勺を、おかげ頂く事になった。これもついでながらですけれども、ここにある眼鏡を見せましてね。これは善導寺の、初代の連れ合いであるばばしゃまです、ばばしゃまとおっしゃいましたが、眼鏡がもうあわんごつなったからつて悔やみよられたから私しが、向かいの眼鏡屋さんに連れて行ってから、もう一番最高の眼鏡を買うてさし上げた。で大変喜ばれて、なら大坪さんこの眼鏡はあんたに上げよう。
 これは久留米の初代が、いわゆる娘ぶんになられるんです、ばばしゃんの。ほんで大先生からこりゃ形見にいただいとったつじゃけれどもというて、頂いてた。まぁそれやらこれやらも、久留米の先生の、その勺がここへ来ておる、眼鏡が来ておる。これは大変いわれ意味合いがあることですけれども。というて、まぁ話さして頂いた。そしてお宅の信心の、こりゃ私し共の子供心でですけれども、大変なおかげを受けておられた時代の話しをさして頂きました。
 お宅のお母さん。いわゆるお宅のばばしゃまが教会にお参りなりますと、お賽銭箱に、もうそれこそ、一握りづつじゃったお賽銭。もちろん1銭ですけどね当事は。ジャラジャラジャラジャラジャラーっと、もう一握りづつでした。その時分に私し共が、お賽銭な1銭ですけれども、まぁ十銭のおはつおぐらいでした。それをもう参って、日に何回かまいられる、すぐそばですから。お参りされるたんびんに一円札じゃった。もう子供心に思いよった。
 ほんとうにあたし達も一つおかげを頂いて、成功させて頂いたならば、お参りのたんべんに、一円冊ずつがお供えでけるような。お賽銭せんでんなんでんそれこそジャラジャラいうごと、お供えが出来るようなおかげが頂きたい。こりゃもう子供の時からそのことをしきりに思わせて頂いておったが、おかげでそれがね、出来る様になりました。やっぱり有り難い事やら、神様が喜んで下さるようなことは、思わなければいけない。又は続けなければいけない。又は祈らなければいけない。
 そしてその又次に石橋先生のお話しさして頂いた。当時久留米でこりゃ久留米だけではございませんでしたけれども、神社仏閣にかぎって放火をする、いわゆる放火魔が出た時分がございました。久留米でも何軒も大きなお寺さんが焼かれました。そういう時に、久留米の御広前のこの高いですからねこの床下が。その床下に一杯鉋屑をいれ、かんなくずと油が用意してあって、もう火をつけるばっかりの時に、隣の方が丁度塀の向こうに住んでおられるその方がね、そのそれを朝便所にいってから発見された。
 そうしてすぐ通知してこられたから。それが燃え上がらんなりでひきだして、ま大火にもいたらずに収まった。以来は下にこう網をずっと張られるようになりましたが、そういうおかげを頂かれたというのもです、ご普請がでけた時に丁度いま奥城のちょっとこっちに出来ときますが、昔はほんの入り口の所に、お手洗いがありましたお便所で。それは丁度真ん中ん所にお便所が、まぁでけておったのを、はっと気が付かれた。こりゃ丁度お隣の塀を一つ、向こうじゃあるけれどもね、ちょうどむこのお座敷の所にあたる。
 お座敷からこうやって眺めたらむこにゃ、教会の便所があっては、向こうの方が気分がわるかろ。折角でけとるとじゃけれども、こりゃ立て直してもらおう。むこさんひき直してもらおうというて一番隅の方へ、南の隅のほうへお便所があり、今は北の隅にございますけども、当時はそげんでした。もし石橋先生がそういうです、いうならば普通では使えない。もう自分方ん屋敷じゃから、自分がよかごとというのじゃなくて、隣の事まで考えられたと言った様な事が。
 それから数十年もたってからでしょうけれどもです、もしそこに便所があったら、床下で燃え上がりよったっちゃ、気がつかなかったでしょうね。おかげでいうならば隣の人が、火事をまだ燃え上がらん前に、発見してもろたというのもです、親先生のそういう一つの心使いがね、そういうおかげを頂いたんですよ、という話しをさせて頂いとりましたらね、もう始めてあの、久保山さんじゃない、北川っていわれますが、北川さんもう始めてしみじみと話を聞かれました。
 そして清子さん、いわゆる杉さんから聞いてきた話、そして又ここで頂いた話が、付合一致したわけです。ほんなこて塀がたこなろうが、ひくなろうが、それこそ低なったおかげで、と言う様な事があるかもしれん。こりゃ相手が教会だから、教会に言うならけんか吹っかけるようななことはやめてから、もうとにかく、先生、神乍らにおかげが頂けます様にというて帰られました。まぁ話は余談になりましたけれどもです。
 とにかくその北川さんにお話しました、その先代が、いわる久保山さんが、そういう、熱心な御信心をなさっておられて、教会の久保山か、久保山の教会かといわれるほどしの、いわば中心の人物でおありになったという事はです。ね、どこの太郎やら、どこの次郎やらわからんような信者ではつまらん。合楽教会に誰それがあるといわれるくらいな、信心をお互い頂きたいですね。
 たくさんの中にです、合楽教会の○○さんといわれるくらいな、信心は頂きたい。それにはね、私しは大蔵省は人間の口をみたようなものでというておられる所を今日は、お賽銭せん箱は教会の口をみたようなものであります。大きな御用大きな、例えば布教活動にでも、ふんぎらせて頂ける為には、もうそれこそ、布教費のためならいくら金を使うても、使うて下さいといえれるものが、教会になからなければ出来ません。それにはめいめいがです、どうぞひとつおかげはたくさん下さい。
 お賽銭せんなちょこっとばっかりで、御初穂はほんな、まねかたと言った様な事ではなくてです。私しがいわる少年時代に、その久保山のおばあちゃんの、御信心ぶりというものはわからんけれども、おさんせんをお供えなさったり、御初穂をしてござるのを、ちらちらみてです。ほう久保山へんな、もうなんべんまいらっしったっちゃ、日になんべんもまいんなさるたんべんに、一円冊ちゃ。しかもお賽銭せんな、もうそれこそこう一握りずつ、じゃらじゃらいうごと。
 とにかく自分方の家族全部、使用人の全部の人たちの、いわばお賽銭せんということではなかっただろうかと、まあ今思うのです。そしてほんとに私しどんも一つおかげ頂いて成功したならばです、ほんとにおさんせんでんなんでんあげんじゃらじゃらいうごといっちょお供えしたいなぁと。お初穂でも、十銭の私し共のお初穂じゃなくて、ほんとにたんびんに、一円冊の御初穂をさせて頂けたいなぁと、子供の時から思い、それが一つの願いになり祈りになってです、あたしゃ今日 おかげを頂いておると思うんです。
 昨日、三十一日ですから、御礼信話会が、御祈念後に、ございます、一時間ばっかり。もう皆さん、まぁそれぞれ、昨日は、日田から、七、八名の方たちが、参っておられましたから、殆ど日田の方たちが、西岡先生が司会をして、短い時間を発表して頂いて、ほんとに今日は、ほんとに御礼信話会にふさわしいお話ばっかり聞かしてもらったねというて、いったことでございましたけれども。中に高野さんという方が、野菜とか果物、食料品関係を商っておられる方が、夫婦でみえた。夫婦がもう、口を揃えてから話しておらましたが、23日の朝の御理解のあの、金庫のあかったという。
 もうそういうおかげの受けられる、というあのおかげを頂かれた、もうその日から、おかげが受けられておる。もうそれこそてんてこ舞い。近所にスーパーが二軒も出けた。しかもその丁度、23日が売り出しの日になっておった。だからもうおとうさん、今日はもう店しめたっちゃよいけれども、もう今日は、もうあきらめとかなしようはなかばのち言いよった。ところが朝から忙しかこと、いそがしか事、ばさらか。もうとにかく、今までかってない売上であって、それが今日まで段々続いておる。
 しかも最近気付かせて頂いたことはです、今まで野菜屋さん、果物屋さんぐらいですから、まぁ300円500円単位でございましたと。こうて下さるお客さんが。それが最近気付かせて頂いたんですけれども、その500円単位が、1000円単位になっておるのに、驚いておりますという発表をされました。皆さん皆おかげは受けられるとですよ、合楽の方たちは今。もう実に純粋です。素直です夫婦とも。その受け方が。今までいうなら500円単位のお客さんが千円単位。
 同時に又最近たまがっておりますことは、もう今までかって、買いにきて下さったことのないお客さんが、大変 増えておる事に又驚いておりますという事でござい。あたしゃあげなこついなさったばってんか、そげなちいわずにです、先生があぁいうて下さったから。一つおかげをほんとに頂かして頂こうという。そしていっとられます。もう私しは、合楽にお参りする様になって、はあ人間心つこうちゃいかん。
 人間心つこうちゃいかん。たびたび親先生からいわれて、もう人間心を使う事を、やめとりますということもいうておられました。皆さんの、例えば家ゃ商売人じゃなかけんで、給料取りじゃけん、そげん給料取りが一遍に倍もある筈なかと、いわんでです。給料取りだっておなし事です。今まで要りよった物がいらんごつなって、そして思いもかけない収入があるようなお繰り合わせをです。そりゃもう、あれ以来、もうほんとに不思議な不思議なおかげ皆さんがいただいとるです。
 例えば、吉井の波多野さんなんか、ね、いうなら、息子さんが勤めに出ておる。嫁ごさん と、孫と、四人暮らしです。けれども日々これだけの、お供えお初穂がです、出来るという事も不思議だけれどもです。先日から、それを自由に使わして頂く金が段々少なくなってからと思いよったら、御理解を頂いて帰らせて頂きましたらです、嫁が申します事がで。まるきり親先生、ほんとに金庫が、もう蓋があかったちいわれたが。
 ほんとに金庫がもうあかったような感じをしましたというて、いうておられる事は、ここにこれこれのお金があるから、お母さん、どうぞ自由に今日からつこうて下さい、ち嫁ごがいうたそうです。ですからね、ほんとに私し共がね、そんなら売上倍増とでも申しましょうか、そのおかげを、例えば願う事、急であります。お互い願っておるのです。願ったならば頂かにゃいけんです。
 だからその根本になるのはね、いうならば、ね、お役に立ちたいからで なからなければいけんのです。それには一つ、いうなら垢抜けした信心と同時に、祈りそのものが、垢抜けしなければいけません。これは私し共の夢であったと。例えば言う様なで夢がね、夢にも思わなかったようなおかげに進展してくるという事を、私しの少年時代に、その久保山さんの、おばあさんが、お供えをなさる様子を見せてもらい。
 おさんせんを、お供えしとられる様子を見せて頂いて、子供ながら、あげなお供えができるごつならにゃ、という夢をもっておったら、今日ではもうそのくらいのことだんじゃあない。夢にも思わなかった御用、こりゃ親教会な、親教会に対してだけでもですよ。それこそ、少年時代に思うておった夢位の事ではない、夢以上の夢が実現しておるという事実をね、皆さん思うて頂いて、成程祈りを持たなければいかん。
 願いをもたなければいけない。するっとすんならばです。今年いうならば百円の税金を納めたならば、来年はせめて、120円なっとん、130円なっとん納めさせて頂けるくらいな、おかげを頂かせて下さいという、願いをもたなければいけません。税金はできるだけ少なく、売上はどうぞ多なります事と。これで神様が聞いて下さる筈は無いですね。いうならば売上倍増なら、お供え倍増も やはり、願わなければならないと いうことでございます。
   どうぞ。